「山形女性医師ネットワーク」のお知らせ

「全国女医JOY!サミット in 山形県西川町」が開催されました

 以前からこのサイトで紹介してきた、山形県の生んだ偉大な先輩女性医師である志田周子(しだちかこ)先生の生涯の映画化が、「志田周子の生涯を銀幕に甦らせる会」を中心に進められ、ついに映画「いしゃ先生」として完成し、11月7日(土)から、山形県内先行ロードショーが始まりました。

 山形女性医師ネットワークでは、志田先生の生誕100周年を記念して2010年10月に開催された「志田周子生誕100周年 記念講演&コンサート」の後援、2011年2月に開催された山形県医師会主催「女性医師をサポートするためのシンポジウム ~志田周子先生 生誕100周年記念特集~」の企画・司会の協力を行ってきました。また、2013年2月16日に設立された「志田周子の生涯を銀幕に甦らせる会」には、会長が理事として参加しています。

 映画「いしゃ先生」の完成を記念して、11月28日(土)、29日(日)に「全国女医JOY!サミット in 山形県西川町」が、開催されました。山形女性医師ネットワークは、志田周子の生涯を銀幕に甦らせる会、西川町とともに、全国女医JOY !サミット実行委員会を結成し、この企画に参加させていただきました。
「全国女医JOY!サミット in 山形県西川町」

 11月28日(土)12時に山形駅東口バスプールに集合し、映画館フォーラム山形「いしゃ先生」を鑑賞した後、貸切バスで左沢町経由で西川町に向かいました。
 西川町立病院では、パネリストでもある西川町立病院総合診療科の渡辺舞先生が合流し、渡辺先生の案内で、町立病院を見学させていただきました。その後、大井沢に向かい、大井沢温泉館「湯ったり館」の脇にある、旧大井沢診療所を見学しました。旧大井沢診療所は、映画の撮影のため、当時の様に修復されたとのことで、外装はきれいに塗装され、内部には、映画にも出てきた周子先生の診療机や、診療器具、薬品棚などが置かれていました。実際の志田周子先生の写真と映画のシーンのパネルも展示されていました。宿泊する志津温泉に向かう山道から、雪が降ってきて、17時前に宿に着いたときには約5cmの積雪になっていました。
 その後バスで移動して、間沢の玉貴で1日目の参加者16名と西川町関係者5名で交流会が開催され、席上、山形女性医師ネットワークの活動も紹介させていただきました。間沢では雪もちらつくだけで、積雪は全くありませんでしたが、交流会終了後、バスで志津温泉に戻ったときは、やはり雪が強く降っていて、積雪は15cmほどになっていました。

 志津温泉に一泊し、29日(日)の朝には積雪は50cm程になり、各旅館でブルが除雪を行っていました。バスでサミット会場の間沢の西川交流センター「あいべ」に到着しました。間沢は積雪は0で、西川町内でもずいぶん差があることを実感しました。

 サミットには約230名の、男女医師、医療関係者、看護学生、一般市民、地元町民が参加しました。司会進行は、山形女性医師ネットワーク副会長が行いました。開会セレモニーとして、サミット実行委員長の山形女性医師ネットワーク会長から主催者挨拶を行い、引き続き、西川町長が歓迎の挨拶を行いました。

 基調講演では、「女医志田周子から現代の女性医師の意義を語る」と題して、島根県隠岐広域連合立隠岐島前病院/西ノ島町国保浦郷診療所 白石裕子先生から、離島での診療の実情をお話しいただきました。隠岐島前病院、近隣の浦郷診療所、隣島の知夫診療所を6人の総合診療医でカバーするブロック制をとり、医師を離島勤務の孤独感やストレスから守る工夫をしていること、専門領域においては眼科、耳鼻科、精神科、整形外科、産婦人科の医師が定期的に来島し、外来診療支援を行っていることが紹介されました。ジオパークに登録された豊かな自然、マリンスポーツや釣りなど、島ならではの魅力がいっぱいで、職員が発信するFacebookなどの情報が反響を呼び、医師やメディカルスタッフの見学も多いとのことです。ただ、島では治療ができない重症患者の搬送時に、悪天候でヘリコプターが使えず、船で途中までの輸送を行ってヘリコプターにつなぐなどの、島ならではの苦労もあるとのことです。医師として仕事をしながら、4人の子育ても行っている白石先生は、歴代5人に上る子育てサポーターの協力をいただいているとのことで、住民の協力・助け合いが重要であると話されました。祭りには積極的に参加して、仕事も生活もenjoyされている先生の姿が印象的でした。

 パネルディスカッションでは、「女医であることがJOY!になるために」をテーマに、作家・脚本家(映画「いしゃ先生」原作・脚本)のあべ美佳 氏がコーディネーターを勤め、パネラーとして、島根県隠岐広域連合立隠岐島前病院/西ノ島町国保浦郷診療所 白石裕子先生、山形県健康福祉部長 中山順子氏、「日経メディカル」編集部 副編集長 井田恭子氏、西川町立病院総合診療科  渡辺舞先生が登壇されました。
 まずは、渡辺舞先生から、医師としてどのように働いているか、勤務時間・当直・土日の日当直についてなどが紹介されました。西川町立病院は常勤医師4人で、当直は週に約1回はあり、当直明けの日も通常勤務であることが紹介されました。当直明けの日も通常勤務なのは、山形県内の多くの病院でも、白石先生の病院でも同様で、「日経メディカル」の調査でも、全国の多くの病院で同様に当直明けの日も通常勤務であることが、各パネリストから紹介されました。
 また、フロアからは、全国保険医団体連合会所属の岩手県の女性医師から、全国保険医団体連合会で行った、全国の女性開業医を対象とした、産前産後の休暇取得の調査では、法定では、休暇は産前6週(取得可能)、産後8週(義務)であるが、調査では産前休暇10日以下が約6割、0日の場合もあり、産後も30日以下が約6割、うち10日以下が約2割と、大変に短い結果であると報告されました。勤務医と違い、開業医では、患者のことや従業員のことを考えるとなかなか産前産後休暇がとりづらい状況であると考えられます。
 さらに、代診医がなかなか見つからない状況では、女性医師が妊娠・出産にふみきれないという現状が示されました。代診医の確保・そもそもの医師数の増加には行政の指導力も必要だと思われました。「医者は神様だ」として、僻地医療を1人の医師に背負わせることの危険性がコーディネーターのあべさんから提示されました。僻地医療を担当する医師の負担を軽くするために、期限を区切ってのローテーションなどが紹介されました。
 地域医療をになう医師が働きやすい環境にするには病院・行政の努力も必要であるし、また、医師と住民の橋渡しをする、看護師や病院職員、行政職の協力も欠かせないとの提言がなされました。また、2人の医師からは、地元の祭り・行事などに積極的に参加していくことで、患者さんとのつながりも増え、診察もよりスムーズに行くようになるとの体験談が出され、非常に感銘をうけました。1時間半があっという間に過ぎ、大変密度の高いシンポジウムとなりました。


 映画「いしゃ先生」の原作として、9月に小説「いしゃ先生」が発行され、すでに3刷まで増刷されるヒットになっています。 小説「いしゃ先生」のラストには、「誰かの犠牲の上に成り立つ医療など、あってはなりません」という言葉があります。これは原作者の、あべ美佳さんからの、私たち医療従事者への力強い支援のメッセージだと感じました。ただ、現実には、今現在でさえ、医療従事者の生活の一部が、仕事の犠牲になっている一面は否定できません。今日のサミットは、偉大な先輩である、志田周子先生をとおして、現在の医療、とくに地域医療と、女性医師をはじめ医療従事者のあり方について、みんなで考える機会にできればとの思いをこめて企画しました。
 地域医療の面白さを知り、地域とのつながりを大事にし、全国で診療を行っている、女性医師および男性医師が、生き生きと仕事が続けられるよう、医療従事者・住民・行政が、それぞれの立場で努力をしていくことを願ってやみません。