「山形女性医師ネットワーク」のお知らせ

山形県医師会主催「女性医師をサポートするためのシンポジウム」~志田周子先生 生誕100周年記念特集~ が開催されました

以前御案内したとおり、昨日、2011年2月26日(土)15時から山形国際ホテルにおいて、山形県医師会主催「女性医師をサポートするためのシンポジウム」が開催されました。山形県医師会主催「女性医師をサポートするためのシンポジウム」は、2008年11月の第1回、2010年1月の第2回(テーマ「子育てのための勤務体制と保育」)に続き第3回目ですが、今回は、当HPでも昨年9月10月に掲載した、山形の生んだ偉大な先輩女性医師の志田周子先生の生誕100周年にちなんだ、「志田周子先生 生誕100周年記念特集」がテーマで開催されました。シンポジウム司会は、山形県医師会常任理事 山形県立中央病院脳外科の武田憲夫先生と、山形女性医師ネットワーク会長が行いました。また「やまがたの宝「志田周子」資源活用化実行委員会」から提供いただいた志田周子パネル展も会場内で開催され、志田周子先生の等身大写真パネルをはじめ、診察や往診などの様子に感銘を新たにしました。

志田周子先生をモデルにした小説「風吹峠」(かざほことうげ)の作者の小説家・高橋義夫氏の講演「よみがえる周子」~周子の生き方を現代から問う~では、「聖女」視されがちな周子を、生身の人間として、一人の女性として、その悩み・苦しみを思いやって小説を創作したこと、無医村だった大井沢村の医療を一人でずっと支えた周子の心を、小説の中では「私は女の家長だから」という言葉で表してみたことなどが、述べられました。そして、これからは『女性医師をサポートするためのシンポジウム』が必要のないくらい、女性医師の支援が十分に行われる状態を作り上げていってほしいと締めくくられました。

次いで、志田周子先生と親交のあった2人の医師からの特別発言「志田周子先生の思い出」が発表されました。志田周子先生の出身の東京女子医学専門学校(現在の東京女子医科大学)の11年後輩の女性医師は、山形市で志田周子先生に初めて出会ったときに、旧知のように親しく話しかけていただいたことが印象的だったこと、志田周子先生が東北大学病院に食道癌の末期で入院されていたときお見舞いに行った時、持参した花を志田先生が大変喜んでくださったことなどをお話されました。また、幼少期を大井沢村で暮らし、志田先生に親しくかわいがってもらった男性医師は、志田先生から小さいころから「医者になれ」と言われ医師を志し、大学生当時、東北大学病院に食道癌の末期で入院されていた志田先生にお見舞いに行って、決意を新たにしたことなどを話されました。

引き続き、総合討論が行われ、旧大井沢村が現在属する西川町総務企画課(山形の宝「志田周子」資源活用化実行委員会事務局)から、志田周子の暮らした大井沢地区の夏や冬の映像、今も面影を残す旧大井沢診療所の建物や内部の映像などが紹介されました。次いで、山形女性医師ネットワーク会員で自治医科大学卒業の女性医師「現代の周子たち」ともいえる、自治医科大学卒業の本県出身の女性医師たちの僻地勤務状況を紹介し、女性医師が僻地医療を含めた地域医療を継続していくためには、医師自身の病気や医学知識のスキルアップのための研修などを行うときの代診制度の充実と、モーチベーション継続のためのメンター制度やワークモデルの紹介などのサポートが欠かせないと発言しました。山形県健康福祉部地域医療対策課課長は山形県の医師支援策を紹介し、特に病院内保育所の整備については、国からの補助は公立病院以外の病院に限られるため、県独自で公立病院を対象とした補助を行っていることなどが紹介されました。山形県医師会常任理事の佐藤泰司先生は、県医師会として女性医師の支援などに積極的に取り組んでいっているが、若い勤務医の医師会加入率は決して高くはなく、各病院は医師の医師会加入費の補助を積極的に考慮してほしいと提言しました。

シンポジウムの参加者は約60名で、女性医師は約3分の1、例年よりも男性医師の参加が多く、他に、志田周子先生に診療を受けた一般の方や、自治医科大学女性医師支援センター職員2名も参加されていました。

このシンポジウムは、2月27日の山形新聞病院朝刊の第2面(政治・行政面)およびインターネット版の2月27日13:03の山形新聞ニュースに写真つきで掲載されました。また、2月27日朝のNHKニュース山形県版でも報道されました。

以下、山形新聞社の許可を得て、2月27日13:03の山形新聞ニュースを転載いたします。
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女性医師・志田周子の生き方を回顧 現代医療の支援策探る
2011年02月27日 13:03

女性医師をサポートするためのシンポジウムが26日、山形市の山形国際ホテルで開かれた。西川町大井沢地区で地域医療に生涯をささげた女性医師・志田周子(ちかこ)に焦点を当て、その生き方から現代の医療を考えた。

 周子をモデルにした小説「風吹峠」の作者・高橋義夫さんが「よみがえる周子」と題して講演。高橋さんは小説を書く際のエピソードや読者の反応などを披露し、「(周子を)『聖女視』する人々からの反発はあったが、人間として、1人の女性として物語の世界に生きてもらおうと思った」と振り返った。

 さらに、患者が経済的な理由から治療を中断する「受診抑制」が目立っていることに触れ、「(周子の時代と)変わっていない気がする。病院に行くのはぜいたくだという考え方が残っているのかもしれない」などと語った。

 周子が卒業した東京女子医学専門学校(現・東京女子医大)の後輩らが思い出を語った後、総合討論を展開。「医師を増やすことも必要だが、今いる医師が仕事を続けられるようにサポートすることが効果的ではないか」「県内では女性医師の増加が顕著だ。多様な支援を展開し、モチベーションを高めることが必要だ」「(周子のように)地域を守るという姿勢を広めたい」などの意見があった。

 周子は無医村だった大井沢地区で1935(昭和10)年から診療所の医師となり、生涯独身で地域医療に尽力し、62年にがんで生涯を閉じた。婦人会長や村議なども務める一方、アララギ派歌人としても知られた。

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女医志田周子の生き方を振り返りながら、女性医師のサポートの在り方などを考えたシンポジウム=山形市・山形国際ホテル
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