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「山形女性医師ネットワーク」のお知らせ

「志田周子生誕100周年 記念講演&コンサート」が開催されました

以前御案内したとおり、山形県の生んだ偉大な先輩女性医師である志田周子(しだちかこ)先生の生誕100周年を記念して「志田周子生誕100周年 記念講演&コンサート」が、10月16日(土)13:00~西川町にある西川交流センターあいべ大ホールにて開催されました。山形女性医師ネットワークでは、この催しを後援させていただいたので、会長が出席してまいりました。

志田周子先生は、明治43年(1910年)10月28日に左沢で生まれ、父の故郷であり、父が教師として赴任した旧・大井沢村で育ち、昭和3年(1928年)4月、東京女子医学専門学校(現東京女子医科大学)に入学。同校を卒業後、大井沢村長であった父の願いを請け、昭和10年7月、当時無医村であった大井沢村に、唯一の医師として赴任したそうです。当初は3年だけという約束だったそうですが、ずっと大井沢の村医として、診療や児童健診に従事され、また、女性議員(村議会、大井沢村が町村合併で西川町になってからは町議会)として、アララギ派の歌人としても活躍されました。昭和34年に保健文化賞を受賞されるなど、数々の受賞をされましたが、昭和37年(1962年)に、51歳の若さで、がんにて病死されました。

会場の西川交流センターあいべ大ホールは、西川町の方々など約300人でぎっしりと埋まり、志田先生が生前如何に地元で慕われていたかが窺がわれました。この催しのために、遠く飛島から来られた飛島診療所の看護師さんもいらっしゃいました。

はじめに、主催の、やまがたの宝「志田周子」資源活用化実行委員会会長の大井沢区長の志田義郎氏から開会挨拶があり、ついで西川町長小川一博氏からお話しがありました。当ネットワーク会長も来賓としてご挨拶させていただきました。

第一部は、小説家 高橋義夫氏から、「よみがえる周子」~周子の生き方を現代から問う~ と題して記念講演がありました。高橋氏は、千葉県のお生まれですが、1986年からしばらく西川町に在住され、志田周子を題材とした小説「風吹峠」(かざほことうげ)を執筆されました。1992年「狼奉行」で直木賞を受賞、現在は山形市に在住され、他に「秘法月山丸」など山形県内に材をとった作品を多数発表されています。
高橋氏の講演は、御自身が西川町に在住されていたころの体験談を含め、志田周子が大井沢という無医村の医療を若くして一人で支えることになった大変さなどを、美談に終わらせるのではなく、一人の人間・一人の女性としての生き方という観点で見つめなおした感慨深いものでした。周子が詠んだ短歌には、30代40代でも大変若々しい感性が感じられるとのことです。高橋氏が西川町在住時に親交のあった西川町立病院医師が「不在時に患者さんが急変したりする心配があるので町から出ることができない」と話されたこと、そのように周子もおそらく何回か東京へ行く機会があったのにずっと大井沢にとどまったのだと考えるというお話しでは、あらためて、住民の健康を支える医療の責任の重さを感じました。

第二部は、アメリカ合衆国コロラド州ロッキー山脈に在住の日本人女性シンガーソングライター 岩瀬明美氏と、チェロ・コーラスのジェームズ・ホプキンスさんによるコンサート「周子に月と謳う」が行われました。日本民謡をロックにアレンジした曲やオリジナルソングとともに、志田周子の生き方に感銘して岩瀬さんか作詞作曲した志田周子に捧げる「月の山」~志田周子さんに贈る歌~が披露されました。大変素晴らしい演奏でした。世界の子供たちが戦争や事件に脅かされること無く、平和で幸福に暮らせますようにという願いを込めた「小さな未来」は岩瀬さんの強い思いが伝わってきて特に感動しました。小児科診療・健診にも力を注いだ周子の姿と重なったように思いました。

山形女性医師ネットワークは、今後も、やまがたの宝「志田周子」資源活用化実行委員会の催しに後援させていただくほかに、来年2月に予定されている山形県医師会主催の「女性医師を支援するためのシンポジウム」に志田周子先生をテーマとしたシンポジウムを開催するように働きかけております。